終活のよくある失敗パターンあるあるシリーズです。
フィクションですが、よくあるシチュエーションとオチなので、リアルに想像していただけるのでは?と思います。
自分や、身の回りのどなたかの状況と重ねながら読んでみてください。
終活の失敗事例:CASE7
※以下の事例は、「ひとり終活」は備えが9割 からの引用です。
「おばあちゃん、何かあれば私が面倒をみるね」
子供のいないAさん(68歳)にとって、これほど心強い言葉はありませんでした。
今は元気なAさん、これまで人の手を借りることなく暮らしてきました。自分は一人で何でもこなせるという自信があります。人に束縛されず自由気ままな生き方が自分には合っていると考えていました。
そんなAさんでしたが、年齢を重ねるにつれ、このままで大丈夫なのかという不安が出てきました。
今は一人で生活が成り立っていますが、そう遠くないうちに施設に入るだろうと自分の人生設計を描いています。70歳くらいから施設を探し始め、75歳くらいには入院するというプランが頭の中にあります。
とはいえ、その時、自分一人で対応してもらえるだろうかと気がかりです。施設入所となると、言うまでもなく保証人を求められるはずです。
同じくおひとりさまの知人は、民間の高齢者サポート団体に依頼したと教えてくれました。なんでも施設の提携先とのことで、入所の際にそちらへ入会するよう促されたとのことです。
ただ、気になったのがその費用です。知人から立派なパンフレットを見せて、貰いましたが、契約保証料120万円、預け金50万円がすぐに目に入りました。
これまで縁もゆかりのないところに、そんな高額な費用を支払う気にはとてもなれないというのが、Aさんの率直な感想です。これからの人生を支えてくれる老後資金は慎重に使っていきたいのです。
幸いAさんには何かあった時に頼めそうな姪がいます。そこまで親しいというわけではなかったのですが、最近は良く連絡してくれるようになりました。そして、ことあるごとに「おばあちゃん、何かあれば私が面倒みるね」と頼もしい事を言ってくれます。
後見人制度について知っていたAさんは、姪に任意後見人になってくれるよう話してみました。面倒を見てくれるとしても、何かしら権限がないと難しいだろうと思案したのです。あとあと施設に入るようになって保証人の亭主強を求められた際にも役立つだろうとの判断もありました。
姪も了承してくれたので、2人で公証役場に出向き、任意後見契約の手続きを済ませました。やはり最後に頼りになるのは親族だと、その時Aさんは感じました。
そんな矢先、Aさんに癌が見つかり、入院し手術することになりました。
幸い初期の段階での発見だったので、すぐにどうこうという状況ではありません。
入院の準備は1人で行い、姪には入院した旨を伝えておこうと連絡を入れました。ところが、姪とのやり取りに、Aさんはとても違和感を抱きました。
「おばあちゃん、退院したら、また連絡して」
そこには、体調を気遣う様子は全くありません。
「あなたは私の任意後見人なっているのよ。私の病状を確認してもいいんじゃないの?」と伝えると、
「私はおばあちゃんが亡くなって、おばあちゃんの家が空き家になったら代わりに管理してあげようと思っているだけよ」
と言われ、Aさんは言葉を失ってしまいました。とてもこの人に後見人など頼めないと悟りました。
しかし、公証役場で作成した契約書には、解除するにも公証役場でしないといけないと書いてあります。
今は入院や手術など自分の身体のことで精いっぱいです。そこまでの余裕はありません。
落ち着いたら、とも思うのですが、姪に連絡するのも億劫です。もっとよく考えて契約すればよかったと後悔するばかりです。
終活の失敗事例:解説
失敗終活の伏線
このケースの失敗の伏線は次のとおりです。
- おひとりさま
- 姪から「何かあったら私が面倒みるからね」と言われた
失敗終活の解説
Aさんが後悔するにいたった要員は、シンプルに姪とのコミュニケーション不足です。
実よくあるパターンなのですが、特に相手が「親族」の場合は要注意です。
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【親族とのコミュニケーションの注意点】
- 「親族や家族=自分の考え方に近い存在」だと、無意識に根拠もなく信じてしまう傾向がある。
- 親族や家族は、普通に話していても会話の組み立て方や言葉のチョイスに違和感を感じることが少ないことから「やっぱり物の考え方や価値観が同じかとても近い!?」と錯覚しやすい。
例え親族といえども、細かい言葉レベルでのイメージや価値観の捉え方は十人十色です。親族・親族以外の区別なく、10人いれば10人の捉え方、考え方を持っているのが正しい認識です。
経験上、親族などの一見話しやすそうな人ほど「細かいところまで言わなくてもわかっている」と妄信しやすいため、やってほしい事は細かく箇条書きにして意思確認を行うなどの対策が必須だと思っています。
自分が思う「当たり前」・「常識」の認識は、親族にとっては「当たり前の考え方ではなかった…」とことは、決して珍しいことではありません。
Aさんの場合、「何かあったら私が面倒をみる」という言葉に対して、Aさんは「日常生活支援」や「後見人」をイメージしていたようですが、姪は「死後事務」や「遺産」をイメージしていたようですね。
私がこの言葉を聞いてもAさんよりの捉え方をすると思いますが、姪のように考える方が一定数いることも事実で、どちらが間違っているとも言えません。
この事例を成功させる解決策
終活とは、「自分の代わりに自分の事を誰かに託す段取りをつけること」だと思っています。
そこで最も大事なことが、例え誰であっても充分なコミュニケーションを取り、自分のやってほしいことを正確に伝えることです。
特に親族の場合は根拠のない信頼を抱きがちなので、言葉のすり合わせは意識的に行うことが重要になります。
もしコミュニケーションに不安がある方は、実績のあるプロに業者に頼んでしまったほうが確実です。
プロの場合、自分が主体的にやってほしいことをすり合わせる必要はありません。担当者からのアンケートに答えるような流れで意思確認を主導してくれるのでとても楽ちんです。
また、やってほしいことを明文化した上で契約を結ぶので、細かいところも「なあなあ」で済ませる必要もありません。
「あの人に頼んで大丈夫だろうか?」と不安を抱えながら老後を過ごすくらいなら、割り切って他人のプロに依頼してしまったほうが安心して過ごせると思います。
- 自分の世話をお願いする人とは、しっかりとコミュニケーションをとる。
- やってほしいことを明文化して、世話をお願いする人とも共有する。
- 細かいコミュニケーションやすり合わせに不安な場合は、実績のある業者に委託する。
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終活の失敗事例 まとめ
終活の経済的負担の軽減を図るなら、親族や家族に支援をお願いするのはセオリーです。
その際、最も注意したいのが認識のズレです。
身内という安心感から根拠なく「自分と同じか近い価値観を持っている」と思っていたり、「安価な報酬(もしくは無料)でやってもらうことの遠慮」などから、細かい取り決めやすり合わせが行われないことも珍しくありません。
ですが、身内と言えども、やってほしいことをしっかりと明文化し、細かいところまですり合わせるするのが終活で失敗しないポイントです。
経験上、身内は話しやすい・お願いしやすいだけで、考え方や価値観のズレは身内以外の方とそう変わらないと感じています。
もし上手にすり合わせする自信がない場合は、ぜひシニア身元保証協会にご相談ください。
やってほしいことのヒアリングはもちろん、終活の各ステージで必要になる各種サービスについてのご相談や、状況に応じたご提案もさせていただきます。
ただいま無料相談会を実施中ですので、この機会にぜひご連絡ください。
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